教員が被災地から緊急報告 東日本大震災と同じ恐怖




教育新聞電子版2018年6月25日付(紙面版2018年7月2日号)に
「教員が被災地から緊急報告 東日本大震災と同じ恐怖」
が掲載されました。


教員が被災地から緊急報告 東日本大震災と同じ恐怖
教育新聞電子版2018年6月25日付(紙面版2018年7月2日号)
https://www.kyobun.co.jp/news/20180625_06/

大阪府北部を震源とする最大震度6弱の地震から1週間がたった6月25日、同府高槻市立寿栄小学校で9歳の女児が通学途中に倒壊したプールのブロック塀に挟まれ死亡したほか、大阪府を中心に児童生徒の負傷や学校施設の物的被害が多数発生した。休校や短縮授業は徐々に解消されているが、施設の補修、児童生徒の心のケアへの対応、防災対策の見直しはこれからだ。地震発生直後、教員や児童生徒はどのように行動したのか。高槻市に在住し、勤務校で対応に当たった中野由章神戸科学技術高校教諭(52)に被災地の状況を緊急報告してもらった。

▽LINEで容易に連絡
6月18日朝、いつものように神戸市内の勤務校最寄り駅で下車し、駅舎を出ようとしたその時、周囲の人の携帯電話からエリアメールの緊急地震速報アラームが一斉に鳴動した。その直後、駅舎がガタガタと大きな音を立てた。私自身は歩いていて、それほど揺れを感じなかったが、東日本大震災の時と同様の不気味な恐怖を覚えた。

即座に妻とLINEで連絡を取った。すぐに反応があり、家族は全員無事だった。家にも大きな被害が出ているようではなかったので、ひとまず安心した。揺れの直後は震源がどこなのか分からないので、連絡が取れると安心できる。後の報道で、震源が大阪北部と分かった。もしこの時点までに連絡が取れていなければ大きな不安となるところだった。

勤務校では、すでに多くの生徒が登校し、教員の誘導によりグラウンドへ全員避難していた。JR、阪急電鉄、阪神電鉄、どの鉄道も運転を見合わせているため、学校は臨時休校となり、全生徒の安否確認作業をした。通学時間帯だったので、電車の中や駅にいた生徒が多かった。中には、電車内に数時間閉じ込められた生徒もいたようだった。安否確認は意外に早く完了できた。電話は通じにくいようだったが、部活動の緊急連絡用LINEグループを活用して容易に連絡が取れた。

▽学校に泊まる
私の自宅は、高槻市南部にあり、震源の近くにある。小学校で女児が崩れたブロック塀の下敷きになったり、本が崩れて埋もれた男性が亡くなったりするなど、徒歩10分程度の近所で悲しい出来事があったことを知った。

妻からは自宅の詳細な状況について連絡が来ていた。今回の地震では、電気と携帯電話の通信が確保でき、必要な情報を受発信することができたのは非常に大きかった。そうでなければ、不安は解消されず、状況はかなり違っていたと思う。水やガス、電気は非常に重要なライフラインだが、インターネットもそれと同じくらいの重要度であると再認識した。電気は光熱源としてだけでなく、情報通信機器を動作させるためのエネルギー源としての重要度が飛躍的に増大していると実感した。

安否確認システムでは、Googleパーソンファインダー(安否情報) に自分の情報を登録した。電話番号やメールアドレスは個人情報が収集されないように、reCAPTCHA(悪質なプログラムが情報を収集されないようにする対策)をへないと見られないようになっている。ささいな工夫だが大事なことだ。

私が通勤で利用しているJR京都線は、結局この日のうちに復旧せず、阪急京都線は夜遅くになってから復旧したものの、自宅最寄りの南茨木駅は損傷が大きく利用不能とのことだった。今更帰宅を試みても、大阪から先の移動が困難であることは明白だったので、その夜は学校の同窓会館に泊まった。東日本大震災の時は、東京都目黒区にある大学入試センターで作問作業中だった。交通機関がまひして移動できなかったのでセンターの宿舎に泊まった。あの時と同じような感覚になった。

▽共助を実感
翌日、JR京都線は朝になっても復旧していなかった。やはり学校に泊まったのは正解だった。驚いたのは、損傷がひどくて使用不能となっていた阪急南茨木駅が朝から利用できるようになっていたことだ。もっとも、エレベーター、エスカレーター、トイレ、待合室、駅ビルなどは利用できず、利用可能な施設は最低限のものだけに限定されていたものの、復旧にかける公共交通機関の意気込みに敬服した。

神戸市内に目立った被害はなかったので、学校はまるで何事もなかったかのように平常通りの日課となった。

授業後は時間休を取って自宅に向かった。JRはまだ断続的な運行だったので、振り替え輸送の阪急で帰宅した。阪急茨木市駅付近の住宅の屋根にはブルーシートが目立った。自宅ではバイクが破損し、家具も移動していた。少し濁っているものの水道の蛇口から水は出ており、ガスも利用できたのは助かった。

ただ、この地域全体でガスが全面復旧するまでには当面、時間がかかるらしい。近所で愛知にある東邦ガスの復旧応援隊に遭遇した。地元の大阪ガスに加えて、全国のガス事業者から復旧作業の応援をもらっているそうだ。心の底から感謝したい。

勤務校では、阪神・淡路大震災から学んだことを生かすため、民間資格の「防災士」を育成する「都市防災」という学校設定科目を開講している。その授業の中で強調している「共助の精神」の大切さ、ありがたさを今回の地震で実感した。

中野由章神戸市立科学技術高校教諭
◇なかの・よしあき 1965年三重県伊勢市生まれ。90年芝浦工大大学院を修了後、日本アイ・ビー・エム大和研究所の勤務をへて、93年から三重県立名張西高校情報科で講師。97年から2004年まで同県立名張西高校情報科で教諭を務めた。11年から13年まで大阪電気通信大メディアコミュニケーションセンター講師、13年から神戸科学技術高校電気情報工学科教諭兼大阪電気通信大総合情報学部客員准教授。技術士(総合技術監理・情報工学)。高槻市在住。


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